会社員時代の筆者は、営業兼通訳の立場として、多くの海外投資案件に関わって来ました。勿論中国のバイリンガルですので、中国投資案件が殆どでしたが、立場的に第三者として、会話の流れと先行きを冷静に見る事ができ、節々に存在する投資の成功と失敗の分け目を、ほんの少し学んだ気がしていました。

  世の中にはMBA資格を持っている人材やコンサルタントと呼ばれる立場の人たちがいるので、こんな投資に少々関わっただけの経験は引出に仕舞っておいたが、今回はちょっとしたきっかけがあって、特に中小企業を意識して、自分なりの中国に対する投資の見方について、話をして見ようと思います。

相手を知って、冷静に情報収集

   殊に共産党が完全支配する社会主義国家の中国のおいて、その投資は資本主義諸国とは一線を画しています。二十数年前、中国は文化大革命と言う大きな嵐が去ったあと、自力では一向に復興できず、経済危機からなんとか抜け出そうと、最終手段である11億の人口と手つかずのままな巨大マーケットを開放させました。そのマーケットは誰もが喉から手が出るほど欲しいもので、空前の中国投資ブームがやって来ました。

   中国側も貪欲に外資を求め、各国へ使者を派遣し、合弁の投資パートナを探していました。最高潮では月に3つの投資誘致目的の訪問団をアテンドした事がありました。日本と違ってビジネス業界においても男女平等なので、訪問団にはいつも程よい美形な女性幹部もいました、飽食の時代ではなかったので、みんなスタイルも抜群でした。それだけで日本側の経営陣は笑顔が緩かったですよ。

   とは言え、当時の投資は殆ど外資に頼り、設備ひっくるめて生産技術が全て外国企業が負担し、中国側は土地と労働力を投資の資本にしていました。それしか投資条件がなかったのです。土地は安いと言う印象があったが、それはインフラが全く整備されていない土地なのです。労働力も質に関係なく所轄政府から押し付けられたものです。それでも中国マーケットの大きさは投資者には魅力的だったのです。

   外資との合弁とは、共同投資による共同利益を計るもので、互いに相手の懐に入る訳ですから、当然飛び込んでいい懐なのかどうかを知る必要があります。相手を知る、冷静に情報収集が出来ているかどうか、それが海外投資の第一歩なのです。

   こんな例がありました。

   会社員時代の上司の友人が小規模ではあるが、企業運営に成功したと言える方でしたが、国内ではどうしたって大手企業に押されがち、もっと成長できる大きなマーケットを求めて、意を決して中国進出を目論見ました。

   彼は先ず留学生だった中国人を通訳に雇い、二人で投資パートナ候補数社とコンタクトしましたが、ここで第一のミスがありました。

・コストセーブなのか、通訳と自分が動いて、チーム行動ではなかった
・場当たりに雇った通訳の信用を客観的に量る事がなかった
・日本人と外国人の質の違いを見落としていた

   惜しくも友人が指折りの総合商社の取締役で、部下に中国のバイリンガルのチームがあるのに、相談しなかったのです。理由は色々想像できますが、海外投資を行う際に必要な冷静さを持たず、主観的な判断で行動していたのです。恐らくご自分はそれを意識していなかったでしょう。

   投資のパートナに選んだ中国企業は両手を広げて大歓迎です、この日本人社長が訪問するたびに「朋友(ポンユー)」と連呼し、毎日接待をしながら、社長の熱がこもる質問にこれまた情熱的に応えていました。ここで第二のミスです。

・事前調査は決して食卓を囲んで行うものではなく、客観データが必要
・事前調査データの取得を協力要請するのは投資パートナの実力を読む為でもある

   事前調査がどれほどのものだったか、あり得ないくらいのスピードで合弁契約までこじつけられ、ここで第三のミスです。

・事前に中国の企業や外国投資に関する法規法文を充分に読んでいない様でした
・中国企業の決められた公式丸印を知らず、日本的感覚で相手の角印を疑わなかった
・法的効力を持つ契約書まで、疑問を以て問題を察して止める人が誰もいなかった

   いよいよ投資会社を登録するので、パートナは投資額の送金を要求して来ました。ここで更に痛恨のミス、すんなりと前金の2億円を送金したのです。

   想像できますか、投資金の払込確認を待つ日本人社長はあれから、誰とも連絡が取れず、通訳の家にも人影がなく、現地のパートナも丸ごと消えていました。なんとかならないかと筆者の上司に相談を持ち掛けて来た時は、既に遅すぎました。

   日本企業が中国投資の熱に浮かれていた頃のお話です。残念ながら、あれからも企業ぐるみの詐欺事件を何回も聞きました、上司繋がりで身近だった上に金額が大きく、この話は忘れられないものでした。

   相手を知るとはどういう事か、冷静な情報収集とはどう言う事か。

   また、インターネット時代になり、日本企業は商社へコミッションを払いたくないから独自に海外進出を試みますが、商社機能自体を理解していないですよね。メーカーと商社は業務が異なるだけでなく、商社はインターネットがある前から情報ネットワークを持っていて、国際規模の貿易や投資プロジェクトで、各方面に相手をコントロールできるカードを持っていたりします。国内商社の数%のコミッションがいやで、投資案件の何億を騙し取られたり、搾取されたり、意味がわかりません。

投資利益しか目に入らず、リスク分析しなくていいんですか?

   二十数年前の中国市場への投資は、殆どのF/Sは悪くなかったのです。何故ならF/Sの元データには、裏にある政治影響や文化、民度の影響が見えないからです。F/Sの数字がこの裏にある環境変化で変わるなんて、日本の常識にはない事です。

   安定した日本社会にいると、ローカルリスクと言う概念すら持ち合わせていませんでした。中国への投資でつまづいた日本企業は、殆どがローカルリスクによるところが多いではないでしょうか。

   投資ブームが盛んな時、殆どの人が考えているのは「今が投資のチャンスじゃない?これを逃したら損するじゃない?」と言う事でしょう。これは投資家の考え方ではないと思うのです。よほど力業でねじ込める政治力を持っているのでなければ、情熱があればあるほど自分の身を窮地に追い込む事になります。しかし投資熱に浮かれている人は、リスクについてのアドバイスは聞こえないふりをするか、故意に聞き流します。

   中国のローカルリスクとはなにか、当時の状況で典型的なものは、

・基本的計画経済の延長上にあって、政権に振り回される不自然は経済状態
・外資への税制が厳しく、推奨事業でなければ、税制上多大な負担を強いられる
・面積は広いが、産業が比例して少く、現地調達が意外に困難で輸送料が負担
・原材料や部品の品質レベルが低すぎ、ひどい場合は不良率30%に近い
・民工のㇾべルが低すぎてマイナス戦力にしかならない
・福利厚生政策は政治力で決めかかって来るので保障だけは日本より優遇である
・外資との合弁企業でも必ず共産党書記を潜らせ、裏で従業員をコントロールする

   特に中国は70%農業の国でしたので、百姓を募って生産に従事させる「民工」は、一般の教育を受けた人が僅かしかいません。現在の労働者のレベルは、教育を受けた新しい世代が少しずつ取って代わって来ていますので、改善して来ていると思いますが、かつては部品や備品は盗むわ、生産ラインの横で喧嘩はするわ、同じ中国人の中間管理職ですら頭を抱えていました。

   それでも投資した会社を維持するには、社員教育と言う形で予想外に大きな出費をします。気づきませんか?名目上当然とされる税制や福利厚生をがっつり取った上、民度の低い労働力は自分たちで教育してからではなく、外資系企業に育てさせるのです、そうして外資企業はどんどんはめられて行きます。

   政府プロジェクトも関わって来ましたが、そのようなやり方で中国のペースにはまった日本は、政治力があまりにも弱いのです。聞くに聞けないし言うに言えない立場にいるので、歯がゆかったです。経済に政治は係わるべきでないと言うのは国内の話ならいいですが、海外への投資や取引自体、国力、政治力の影響があってこそです。他の国が中国と関わる時は政治力をチラつかせるのに、日本企業だけは裸のまま外で頑張るのです。

   利益と巨大マーケットを見据えての投資ですが、視野を拡大して、国全体の投資損益バランスはどうなんでしょう、日本企業が掌握できた中国マーケットはどれほどあるのでしょう。

   二十数年経った今はどうでしょう、昔と同じリスクがまだ幾つか存在しているでしょうか。中国共産党は間違いなく外資によって成長と遂げ、力を増し、日本海域でうろうろし続け、アフリカまで手を広げ、国際覇権を狙っています。

問題の解決方法は過去の経験からですか

   中国で投資する場合は特に問題が多く、経験を積んで来た管理者は、過去の成功体験を過信して、そこから答えを探し出そうとします。その為の経験なので、間違ってはいないと思いますが、ただ日本国内とは政治状況も人間の考えと質も全く違います、その問題解決法は正解とは限りません。

   新しい地に、新しい環境と人、必然的に新しい思考回路が必要です。適応しながら一から学ぶのは尊敬できますが、そんな余裕がありませんよね。ならば人を上手く使う必要があります。簡単そうですが、頭の固い中高年管理者には、結構な難易度があります。

   過去の例ですが、ある合弁工場で従業員と日本側管理者がいつの間にか対立が目立つようになってしまい、従業員側にも支持と対立の派閥が生じていました。何故そうなったかを、本社からの派遣と筆者が現場で一人ずつ聴取した結果、工場側についている通訳が一人しかなくて、その通訳の指示伝達に無意識的な圧力があったのですね~日本の経営陣の意図とは全く関係なく、反感を買っていたわけです。一人と言うのは、フィルターがなく、おまけに通訳の立場は経営側権力のハロー効果があります。

   日本では日常的にないような問題ですから、と言うのではなく、逆に日本では無い様な問題が日々起こり得ると言う心構えで、従業員の通訳に対する態度で、客観的に見る事ができるなら、もう少し早く気付けるかも知れません。新しい問題発見と新しい問題解決方法を考えられるような柔軟さが必要です。

   表舞台から退き、色々なしがらみが無くなって来た今だから言える話でした。そんな事を言いながら、筆者は中国向けの企業型投資には賛成できない立場にいます。何故なら社会主義と資本主義の質そのものが対極にあるからです。それでもお隣とは経済的な繋がりは切っても切れない関係にあります。常に動乱が巻き起こる国なので、投資なら短期型で、定期的冷静な見直しを忘れずに。

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